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Author:【アリス】と【ドードーとら】
 
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自閉症の世界の探検家。
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【おことわり】
このブログは2人の公開メール交換・公開交換日記ですので、
一般的なブログとは少し違った感じになっています。
コメント欄は2人の著者専用。
このように、明らかに違うこともあります。
ご覧いただく上で必要そうなことを トップページ に書いておきました。
人物一覧や、引用・リンクなどについても、そこにまとめてあります。

category-2:ドードーとらの日記 ルールへの姿勢

 一つ前の、アリスさんが書いてくれた記事(http://manyissue.blog112.fc2.com/blog-entry-92.html)を受けつつ書いてみる。

     ★

 チャットでこの話になったのは、佐藤幹夫さんの自閉症裁判本『裁かれた罪 裁かれなかった「こころ」』の話題から。

 犯罪が起これば当然、動機を探す。警察・検察側は、調書を取るときに何かしらこじつけるわけだけど、弁護側はそれは違うんじゃないか、と主張する。で、探す。佐藤さんも探す。
 だけど、確たる動機は見つからない。さあ困った。

 でも、それは当たり前なんだよね、ってことを俺は言った。
 ルールに対する姿勢が、違うんだよね。

     ★

 普通に育った普通の人にとって、ルールとは大前提的に守るべきもの。
 ルールの枠内にいることが普通で、ルールを破ったときには「何か特別な事情や動機があったんだろう」ということになる。

 ところが自閉症者の場合は逆で、何か事情や動機があるから、ルールを守っている。
 ルールを守り続けるための事情や動機がないとき、なくなったときは、ルールを気にしなくなったりする。ルールを破りたい、というんじゃなくてね。

 自閉症者の中では、大前提的にルールを守るのがいいことだ、ルールを守らないのは悪いことだ、とはなってないわけ。
 ルールを守ることも、行動判断の基準の一つに過ぎない。事情や動機がなくなってくれば、その中でのルールを守ることの優先順位は著しく下がる。

 だから自閉症者がルールを破ったとき、特段の事情や動機が見つからないことは、何も不自然なことではないのだ。殺人にせよ、ね。
 その人に殺人を禁じていた事情や動機が、少なくとも一時的に、消えてなくなってしまった。不幸なことに、また別の、殺人を禁じる事情や動機が新たに形成される前に、実際に犯行が行われてしまった。
 こういうことは、まあ、十分に考えられる。

     ★

 我々は、一人で生きてもいいし集団で生きてもいい。
 ただ、集団で生きたほうが何かと都合がいい。それで、集団で生きることを選んでいる。だからこそ、ルールを守らなくてはならないってことも出てくる。
 だからさ、何も大前提的にルールを守るのがいいことだ、ルールを守らないのは悪いことだ、と決まっているわけじゃないだろ?
 肝心なのは、集団で生きることにどれだけメリットがあるかってことだ。

 …などと言うと、「それはあなたの考えでしょ」と返されてしまうことも少なくはない。

 まあこれはそうなんだけど、今回の話はそれとは違っていて、考えやイデオロギーの話をしてるわけではないんだよね。

 定型発達者だろうと自閉症者だろうと、俺と同じ考えを持った人はいるし、逆に「大前提的に、ルールを守るのがいいことで、ルールを守らないのは悪いことだ」という考えを持っている人もいる。
 しかし今俺が書いているのは、その人がどういう考えを持っていようと、事実としてどうしようもなくそのように動かされてしまう、生き物としての習性。その差異。…といったような話だ。
 なかなか理解されにくい部分なんだけれども。


タグ : 発達障害 アスペルガー症候群 自閉症 アスペルガー 自閉 高機能自閉症

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アリス アリス のコメント ◆◇◆ 2007/11/05 14:27 [ 編集 ] #mQop/nM.

お疲れ様です

 この記事、アップされるまでに、かなり労力を使われたのではないですか?
 
 私は、ドードーとらさんとは、少し違った観点で思うことがあります。動機よりも前の動機付けの話になりますが・・・。

 そうそう、この本ですが、終わりのほうに、弁護人が、「学校は何をしてきたか、してこなかったか」みたいなことを、世間から誤解を受けることを覚悟で言及していくとあったんです。実際、どんな内容だったのか、気になりますね。

 私も、誤解を受けることを覚悟して言うならば、「はたして、大人たちは少年に殺人とはどういう行為のことで、なぜ大罪となるのか、犯してはいけないのか、ということを、わかるように説明してきたのだろうか?」と思っています。
 
 ちなみに、はかせは、小学6年生のときに、「死んだら生き返らない」ということを知ったといいます。それまで、飼っていた大事な昆虫や魚が死んだら、泣きながら埋めたりしていて、私たち親も死というものを教えた気になっていたので、びっくりしたのを覚えています。

 発達障害者と定型発達の人間は、コミュニケーションがズレやすく、誤解が生じやすいのですから、こういう大人の不手際による説明不足はありがちなことだと思っています。

 そして、説明責任を果たしていない大人たちに、「どうして、そんなことをしたんだ。」と責める権利があるのだろうか・・とも思います。

 少年の罪はもちろん重いですし、償うべきだと思います。でも、彼は化け物でもなんでもない。彼だけが責められるべきなのか、それまでに関わった、「すべきことをしなかった大人(勿論、親だけではない)」は責められないのか・・・。というようなことを考えています。

 でも、こういう話は、ないものをあると思いたい現代社会では、封印すべきなんでしょうね。

ドードーとら ドードーとら のコメント ◆◇◆ 2007/11/05 19:55 [ 編集 ] #OJXynvZQ

 そうですね。労力も気も使いますねぇ… 微妙な問題なので。

 佐藤幹夫さんの本についてはあらためて書きたいと思いますが、そもそも殺人は本当に「いけない」ことなのか。少年が人を刺したことは本当に「いけない」ことだったのか。
 俺にはそう思えないのです。心底は、ね。

 事実だけを見れば、少年の生は人を刺す経験をしてこそ開けてきている、満足に生きられようとし始めているわけです。
 裁判をすることになって、いい弁護士と出会って。己の血肉になる学びを始めることになった。

 だからなんつーかなぁ。
 死人が一人出るか、死人のように暮らしていつか死ぬ人間が一人出るかの違いで、どっちにしても似たような話じゃないか、とか思ってしまいます。

アリス アリス のコメント ◆◇◆ 2007/11/05 22:50 [ 編集 ] #mQop/nM.

事実だけを見れば

 ここは強調しておかないとね。読まれた方が、へんな方向に反応されても困りますからね。
 う〜ん、色々思うことはあるんだけど、書くのが難しいなぁ〜。

 >裁判をすることになって、いい弁護士と出会って。己の血肉になる学びを始めることになった。

 ここは、どうなんだろうね。少年刑務所が、この裁判で問題視された部分を理解して、改善されればいいんですけどね。
 あ、そうか、裁判で学び始めたってことか・・・。

 >だからなんつーかなぁ。
 死人が一人出るか、死人のように暮らしていつか死ぬ人間が一人出るかの違いで、どっちにしても似たような話じゃないか、とか思ってしまいます。
 
 ドードーとらさんは、少年は、死人のように暮らしていたと思われるんですね?それは、発達障害者を取り巻く環境全体についてのお話でもあるのでしょうか?存在を無視されているというか・・。

 以前のエントロピー増大の法則の話にも通じることなのかもしれませんね。
 (http://manyissue.blog112.fc2.com/blog-entry-91.html
 でも、私たちの多くは、感情の部分ではそのようには話せないんだよね。
 野蛮か野生かということでしょうか・・・。

ドードーとら ドードーとら のコメント ◆◇◆ 2007/11/06 03:49 [ 編集 ] #OJXynvZQ

そうですそうです

 事実だけを見れば。これは強調しておかないといけませんね。

> あ、そうか、裁判で学び始めたってことか・・・。

> ドードーとらさんは、少年は、死人のように暮らしていたと思われるんですね?

 はい。少年本人がね。事件や裁判を通して、自分の生を生きるスタートラインに立ったような感じがするんですよ。
 逆に言うと、事件以前はそうではなかったわけで。だからこそのこの事件、でもあったわけですよね。

 発達障害者を取り巻く環境全体については… うーん。俺には何かを言えるほどのものがありません。
 ただ発達障害者に限らずすべての人が常に、人を死人や職業機械のように暮らさせようとする何かと対峙・葛藤しているわけですよね。ときに打ち勝ち、ときに敗北し、ときにはその「何か」と一体化して人を死人や職業機械のように暮らさせようとする側に回る。
 自閉症者の周辺では、その対峙や葛藤が表面化しやすいことはしやすいでしょうね。やっぱ野生児だから。

アリス アリス のコメント ◆◇◆ 2007/11/06 20:36 [ 編集 ] #mQop/nM.

 >ただ発達障害者に限らずすべての人が常に、人を死人や職業機械のように暮らさせようとする何かと対峙・葛藤しているわけですよね。ときに打ち勝ち、ときに敗北し、ときにはその「何か」と一体化して人を死人や職業機械のように暮らさせようとする側に回る。

 すごいなぁ〜。私はそこまで気づいてないというか、考えずに生きているような気がする。ただ、【ときにはその「何か」と一体化して人を死人や職業機械のように暮らせようとする側に回る】というのは、ちくっと感じるものがあるから身に覚えがあるんだろうな。なんせ、野蛮人ですから・・。

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