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Author:【アリス】と【ドードーとら】
 
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自閉症の世界の探検家。
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【おことわり】
このブログは2人の公開メール交換・公開交換日記ですので、
一般的なブログとは少し違った感じになっています。
コメント欄は2人の著者専用。
このように、明らかに違うこともあります。
ご覧いただく上で必要そうなことを トップページ に書いておきました。
人物一覧や、引用・リンクなどについても、そこにまとめてあります。

category-2:ドードーとらの日記 欲動

 以前、『アブラブログを読む』という記事を書いた(http://manyissue.blog112.fc2.com/blog-entry-59.html)。

 それからというもの、時間があると「欲動」について考えてしまう。
 上の記事にあるリンク先(http://aburax.blog80.fc2.com/blog-entry-64.html)で筆者の脂さんがおっしゃるには、パラノイアは生の欲動に従い、スキゾイドは死の欲動に従う。アスペルガー症候群者はスキゾイドっぽい。
 んで、うん、そうかもしんないね、という記事を俺が書いたわけだった。

 ところが。

     ★

 俺のいつもの癖なんだけど、「そうかもしんないね」っつって言ったり書いたりした途端、「いや、本当にそうなのかな?」という思いが浮かんできちゃう。もう頭から離れなくなっちゃう。
 そのせいか、俺の言うことはコロコロ変わってしまうことも多い。勘弁勘弁。

 さて、本当に俺は死の欲動に従って動いているんだろうか。
 記事を書いてから2週間考えてみて、どうも違うんじゃないかという気がしている。
 しかし、脂さんがおっしゃった、ほとんどの部分は当たっていると思われる。それは2週間経っても変わってない。

     ★

 おそらく、こういうことなんじゃないかと思う。

 俺の中では生と死が完璧な形で統合されている。

 …っつーのは大ウソで、未分化なんだろうと思うんだ。
 生と死が未分化。生の欲動と死の欲動が未分化。

 生の欲動に従う(普通の)人の目には、俺は死の欲動で動く人間に見えてしまいやすいだろう。やっぱ違う部分が際立っちゃうもんね。
 でもやっぱり、俺は死の欲動では動いてないよ。俺が従うのは、「○○の欲動」なんて文明的なものじゃない。形容詞のないただの「欲動」だ。
 それは、一瞬一瞬を生き抜く、生き切るということへの(過剰な)真剣さを、俺に要求する。

 俺が今まで「野生」って言ってきたことも、そういうことだしね。


タグ : アスペルガー症候群 発達障害 アスペルガー 自閉症 自閉 高機能自閉症

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アリス アリス のコメント ◆◇◆ 2007/09/24 15:24 [ 編集 ] #mQop/nM.

この話題は・・・

 正直、難しくてコメントに困っちゃうのですよね。
 この、「生と死への欲動」がよく理解できないのです。
 たぶん、「生への執着」や「自殺願望」といった、言葉の通りの解釈ではないですよね?
 相手が私では、話が深まっていかないのが申し訳なくて・・・。ほんと、ごめんなさいね。

ドードーとら ドードーとら のコメント ◆◇◆ 2007/09/25 00:02 [ 編集 ] #p/8E93UU

 あ、いえ。基本的に、独話とか独語とか言われている類のものとそう変わりありませんから気にしないでください^^;

     ★

 「欲動」って、要するに心の「零点エネルギー」みたいなものだろうと思うんですよ。
 だから、今の話の中心は、心の「基底状態」になるのかな。物理学用語で揃えるならば。

 生きてる以上、その人の心が完全に停止するってことはありえない。底が完全に抜けちゃってるってこともありえない。じゃあ一体そこんところはどうなってるのよ、という話。
 おお、余計に難しい説明かもしれないw

     ★

 これ(http://manyissue.blog112.fc2.com/blog-entry-68.html#comment328)にも書いたことで、「生きるためや行動するための動機やエネルギーをどこから調達しているか」ということなんですけどね。

 例えば「親の愛情」や「他人の善意」といったようなもの。これらは「外部動機」または「外のエネルギー源」です。
 俺はこれらを(少なくとも十分には)利用することができません。行動するときの考慮事項ではありますけどね。いつでも。しかしエネルギー源にはなりえない。
 これらは、「生の欲動」で動く人じゃないと、エネルギー源としては利用できないんですよ。

 「外部動機」「外のエネルギー源」を使えず、「内部動機」「内のエネルギー源」でしか動けない。だから「自閉」症。

 ま、これはそう難しい話でもないでしょう。

     ★

 で、ここから先はわかってもらえなくてもいいんですけどね。

 じゃあ俺は「死の欲動」で動く人なんだろうかと考えてみると、いや、そうじゃないんじゃないか、と思うんです。
 「欲動」=心の「零点エネルギー」は俺も認める。けど、それを「生の欲動」と「死の欲動」に分けるということが既に、「生の欲動」で動く人の考え方だろう、と。

 えと、「生の欲動」と「死の欲動」に分けることができるという思い込み。…があるからこそ、自分は「生の欲動」で動いているという思い込みも成立する。…がゆえに「生の欲動」と「死の欲動」に分けることができるという思い込みも生じる。
 …といった「思い込みの循環関係」。それが、普通一般の人の心の「底(基底状態)」になっているわけですな。

 俺にはその「思い込みの循環関係」がそもそもない(か、弱い)。「底(基底状態)」もない(か、穴だらけ)。
 だから、「生の欲動」に従ってないから「死の欲動」に従ってるんだろう、という考え方はハズレなんですな。俺は「生の欲動」にも「死の欲動」にも従っていません。

 じゃあ何によって動いてるのかというと、それが「野生」ということになります。「生の欲動」と「死の欲動」が分かれる前の、ただの「欲動」です。

 あー、わからなくていいですよ。こんな話^^

アリス アリス のコメント ◆◇◆ 2007/09/25 11:43 [ 編集 ] #mQop/nM.

 えへへ・・。ごめんなさい。<(_ _)>

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