またまた難しい話になってしまってアリスさんには申し訳ないんだけど、引き続き、ネットサーフィンをしていたときの収穫。
いろいろ見ているうちに思い出して、「あ、これは書いとかなきゃ」と慌てて調べたことがある。
イグナシオ・マッテ・ブランコのことだ。
彼はチリ出身の精神科医・精神分析家。分裂症(統合失調症)の研究をしていたそうだ。
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俺はこの名前を、中沢新一の『対称性人類学 カイエ・ソバージュV』で知った。
マッテ・ブランコ(マテ・ブランコとも表記される)は、分裂症を「無意識の活動が「生な形」で表面に浮上してくるときに現れる現象」ととらえた。そして、分裂症の研究を通して、無意識の活動のしかた一般を解明しようとした。
マッテ・ブランコの理論の大筋について、以下に引用がある(引用を丸写ししていいのかどうかわからないから、リンクとトラックバックだけにしておきます)。
中原紀生さん 不連続な読書日記 2005年12月19日
http://d.hatena.ne.jp/orion-n/20051219 ★
自閉症も統合失調症も「無意識の活動が「生な形」で表面に浮上して」いることについては同じ部類。
そう前から言ってるわけだけど、もちろん根拠もなしに言ってたわけではない。
マッテ・ブランコの説によると、無意識の思考はバイロジック(複論理)なんだそうだ。
バイロジックというのは、2つの論理が矛盾しない形で共存するということ。
例えば「私とあなた」や「私と動物」や「部分と全体」を区分けする思考と区分けしない思考。
例えば「過去−現在−未来」といった直線的な時間の序列に沿った思考と、そうでない思考だ。
意識においては、区分けする思考、時間の序列に沿った思考のほうが前面化してくることが多い。
しかしここで仮に、
自閉症者の場合はバイロジックのまま前面化してくると考えてみたらどうだろう。
自閉症者の性質や特徴とよく合致するような気がするんだな。俺はね。
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マッテ・ブランコのことを思い出したのは、他の当事者のブログを読んでいたときだ。
田舎猫さんという方のブログ。
http://blog.livedoor.jp/inakaneko_psw/archives/51112608.html さらにその元ネタ。とうふさんのブログ。
http://welladjust.exblog.jp/6844972 定型発達者と
自閉症者の違い、あるいは
自閉症者の向き・不向きの話なんだけども、そこでは
(1) まず全体を把握してから、全体を分割していって、部分を把握するやり方
(2) まず部分を把握してから、部分と部分とを結合して、全体を合成するやり方
という対立軸で話が展開されている。
まずとうふさんが(2)のほうが自分には向いていると言い、田舎猫さんも自分もそうだと答えている。
それはそれとしていい。けれども、
自閉症者が本当に得意とするのは、もっとバイロジカルな思考じゃないのかな、と俺は思っている。すなわち、こうだ。
(3) 部分と全体を区分けする思考と区分けしない思考を共存させながら、ものごとをダイナミックにとらえていくやり方
少なくとも俺にとっては、自然で、馴染み深いやり方だ。
もし俺の「他人と違う部分」を才能として見るならば、この種のバイロジカルな思考を割とよく使いこなせているということが、そのまんま当てはまると思う。
自閉症、
アスペルガー症候群であることを才能として活かそう、なんて話もある。だったら、これをマスターするのがいいのではないかな。そうも思う。
大変だけどね。すべての当事者がそうできるとも思えないけどね。教えてくれる人もほとんどいないだろうけどね。
しかし、(1)が得意だという当事者にせよ(2)が得意だという当事者にせよ、言ってることが正しければ、どっちも随分と苦手なことをさせられてんじゃないかなぁ。そういう印象もまた、持ってしまうんだ。
でももしかすると、(2)が得意だというのは説明が合ってないだけで、本当は(3)が得意だという話なのかもしれない。そんな気も、しなくはない。
つまり、まずある1つの部分に突っ込む。そこで全体をも把握する。その感覚をもって次の部分に突っ込む。全体を把握しなおす。以下繰り返し。
部分と部分とを結合して全体を合成してるんじゃなくてさ。
どうだろう?
ともかく、俺がマッテ・ブランコの話を最初に聞いて、
自閉症とつなげて考えたときに思ったのが、こんなようなお話だ。
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ネットで調べた感じでは、唯一日本語訳されているマッテ・ブランコの著書『無意識の思考(原題:Thinking, Feeling, and Being)』は、評判がいいみたいだ。
専門書に入るのかな。値段も高くて難しそうなんだけど。
でも、迷った挙句、注文しちゃった^^;
タグ : アスペルガー症候群 発達障害 アスペルガー 自閉症 自閉 高機能自閉症
私は・・・
だって、全体を把握しようとしたら、内容が専門的で、ほんと、難しいんですから・・・。
バイロジカル・・・。どんな感じなんだろう・・・。
パズルをしている感じなんだろうか?
専門書を購入されたのですか?難しそう・・・。
あ、そうそう。一回書きましたよ。
http://manyissue.blog112.fc2.com/blog-entry-36.html
普通の論理では「熊(狩られるもの)≠人間(狩るもの)」だけど、まずこれが「熊=人」と変わってしまう。その上で、「熊≠人間」と「熊=人」とを矛盾なく共存させてしまう。
あるいは、普通は「宇宙がまずあって、そこに自分が生まれた」。これがひっくり返って「自分がまず生まれて、次いで宇宙も存在するようになった」になる。その上で、2つが矛盾なく共存しちゃう。
このような思考が、バイロジックってことになりますかね。
いろいろ、調べていくうちに、私にちょうどいいわかりやすさのホームページをみつけました。
『哲学的な何か、あと科学とか』
http://www.h5.dion.ne.jp/~terun/index.html
バイロジックのような話ものっていました。
でね、クオリアのテーマのところを読んでいると、これがまさに、はかせや画伯とのやりとりでの留意点と似ていてびっくりしたんだ。
思い込みをはがすのに、このホームページは参考になると思いました。
ただ、今読み直してみたら、「あ、ちょっとまずかったな」と思うことがあります。
http://manyissue.blog112.fc2.com/blog-entry-58.html では、
> 頭の中で「空気を読む」に対応している、それが何をどうすることなのかのイメージ。「空気を読む」のクオリアって言っていいのかな?(正しくないかもしれないけど)
と書いてしまったんだけど、これは、クオリアって言ったらダメっぽいです。
俺が書いたのは、概念をどうとらえるかの話。クオリアは、観察された物理現象⇒意識の話だもんね。失礼しました。
それでも、参考にはなりますよね。論理の流れだけを見ると、同形になるものも多いので。
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