「
JR岡山駅の事件 補足」の続きというかまとめというか後日談というか。
これ以上は俺からは何も言いませんとも言ったし、アリスさんからもこの辺でやめといたほうがいいとは言われていた。
けれどもまだ一番大事なことが取り残されたままだ。誰かが言わないままではよくないだろう。
だから書くよ。洗いざらい。
★
最初に、
そらパパさんの記事の問題の部分の要点を引用しておく。
---------- 引用ここから ----------
もう一点、考慮すべきことは、
こういったケースで弁護側がことさら発達障害を強調するインセンティブ(動機づけ)として、刑法第39条の規定がある、という点です。
(中略)
個別ケースの鑑定の信頼性、あるいは刑法第39条の是非についてのコメントは差し控えますが、
本来の趣旨からいえば、そういった障害や困難をもった人を守るための刑法の規定が、結果として障害と犯罪との間に直接の関係を想定するような弁護側の主張を誘引し、さらにその結果として障害が犯罪の原因であるかのような印象を世間に与える結果になっているのは、皮肉というほかありません。
(赤字・太字については原文ママ)
---------- 引用ここまで ----------
パッと見て、俺にはさっぱりわからなかった。
いや、今でもわからないね。これは一体、誰が、何または誰のために、誰に向けて、何を伝えようとして書いた文章なのかってことが。
★
−1−
まずは「こういったケース」はひとまず脇に置いて、「今回のケース」について確認しておく。
afcpさんの記事に挙げられていたニュースを見た限りでは、今のところ「ことさら
発達障害を強調する」までには至っていない。
検察側の簡易精神鑑定によれば
アスペルガー症候群らしい。検察がそうだと言うなら、じゃあ正式鑑定を、と弁護人が言った。まだどこにも不思議はない。
★
−2−
だが確かに「こういったケース」で弁護側が
発達障害を強調することはあるだろう。
しかし「今回のケース」についてはまだわからない。気になるなら、しばらく見ているしかない。
今のタイミングで「こういったケースで弁護側がことさら
発達障害を強調するインセンティブ(動機づけ)として、刑法第39条の規定がある」とか話し始めること自体が、ちょっと先走っちゃってるんだよね。
世間に与える印象のことを彼は言いたいらしいからまったく皮肉な事態というほかないが、彼の先走った言葉がどんな印象を世間に与えるか、彼はよくわかってないんだろうと思われる。
よーく考えてみたらいい。
★
−3−
だからと言って、もちろん、先回りして刑法第39条の話をすることがいけないということもない。先走りはなくて先回り、ならね。
なんつーかなぁ。無神経というか考えなしに書いちゃったら、先走りになっちゃうよな。それは。
もう少し神経使って書く人ならば、「こういったケースで弁護側がことさら
発達障害を強調するインセンティブ(動機づけ)として、刑法第39条の規定がある」とはやっぱり言わないだろうと思うんだ。
その代わりにこう言うよ。「こういったケースで弁護側がことさら
発達障害を強調するインセンティブには、刑法第39条の規定もあるが他にもある」って。先回りしてさ。
この「他にもある」をもっとちゃんと語らないと、まずいんじゃねーの?
★
−4−
この「他にもある」については、そらパパさんの口から語られるべきだろうと俺は思った。そのほうが、そらパパさんの面子が立つからねぇ。
俺はいいんだよ。所詮、医者からキチガイと診断されている身だ。俺が言うよりそらパパさんが言ってくれたほうが、読者への説得力も出るだろう。
そこで俺はダイレクトに「他にもあるだろ」と言わずに、「インセンティブは弁護側にもあるが検察側にもある」と視点ずらし合戦に持ち込んだわけ。
こうすれば、その段階で「他にもある」が語られていないことのまずさも多少はごまかせるかな、と。また、そんな話をしている間にそらパパさんも視点をずらして、「他にもある」を語り出してくれることにも期待しつつね。
★
−5−
俺の「インセンティブは検察側にもある」に対し、いやそれは「『捜査上、必要な手続きとして』検察が行なった」ものなんだ、と彼は答えている。俺が書いたのは陰謀論だとも言ったねぇ。
うん。まあそう言えばそうなんだが、俺のが陰謀論だとすればあんたのも陰謀論だという言葉も、うまく届かなかったみたいね。
陰謀論なんだよ。「他にもある」を語らないで刑法第39条のことだけを語るのは。
違う言い方をするならば、39条のことを除いても「弁護活動上、必要だから」鑑定してもらったり、
発達障害を強調したりしなきゃいけない理由が、弁護側にもあるんじゃないか? …という問いになる。
★
−6−
あーあ。せっかくそらパパさんが埋められるようにスペース空けといたのにな。
結局、そらパパさんは「自分が言ってることがいかに間違ってないか」ということにしか興味がないみたいだったね。
俺に対して、あなたが「こだわってるポイントがようやく分かってきました」とか言ってさ。ま、確かに俺はあることにこだわって話をしてたんだが、そらパパさんの考えはずれまくってるし。
じゃあ俺がこだわっていたのは何かと言うと、そらパパさんが先に「他にもある」を言ってくれることだ。それから、彼にそれができないならば彼にはそうできない理由、何かの「こだわり」があるはずなんで、それに彼自身の力で気づいてくれること、だ。
ま、彼がボロボロと自滅しちゃった今となっては、関係ないか。残念だけどやっぱり俺が言うよ。
★
−7−
想像してみよう。
あなたは弁護士です。
今、あなたのもとに一つの案件が持ち込まれています。検察の簡易精神鑑定によると、被疑者は
アスペルガー症候群らしいとの情報です。
あなたは
アスペルガー症候群についてよく知りません。ちょっと調べてみることにしました。
・
アスペルガー症候群は、コミュニケーションの障害、社会性の障害と言われています。
・
アスペルガー症候群の人は、本当のことだからと言わなくていいことまでしゃべってしまったりします。
・
アスペルガー症候群の人は、顔の表情の出方や言葉の使い方に特徴があり、そのせいで他人によくない印象を与えることがあります。
さあ、弁護士であるあなたはどう思いますか?
★
−8−
答え:「うわっ、
アスペルガー症候群の人って弁護しにくーい!」
こう思うって絶対w
何にしてもできるだけ早くお医者さんのところに行ってもらって、きちんと診断してもらってくる必要がある。医者は誰でもいいっちゃいいんだが、筋から言ってまずは正式鑑定からだろう。
ごくごく普通の発想だ。
やっぱり、どこにも不思議はないんだよ。
第三者ならともかく
自閉症児の親たる者が、今の段階で刑法第39条なんぞについて話し出すことのほうがずっとずっと不思議でならないね。
★
−9−
さて、詳しく調べてやっぱり
アスペルガー症候群だったということになれば、今度は、よい療育家に巡り合いたいところだ。
コミュニケーションの障害は、法廷でも出るし、法廷でない場での被疑者と弁護人の話し合いにも出る。
アスペルガー症候群には素人の弁護人だけでは、ちょっとつらいときもあるだろう。
よい療育家は、「(刑事)裁判とは一体どういうゲームなのか」をどれだけ本人に理解させられるかが課題を解くカギになることを知っている。
裁判には刑事裁判と民事裁判があります、みたいなところから一つ一つ丁寧に教え、確認し続けること。それがよい結果をもたらす。
★
−10−
よい結果とは必ずしも「弁護がうまくいくこと」ではない。むしろ「裁判が裁判として成り立つこと」だ。
裁判は「君が思う真実」を他人が知るために行われるゲームではない。「裁判所が認定する“真実”」を決めるために行われるゲームなんだ、とか。
シナリオを描くのは検察の仕事であって、君と弁護人の仕事は検察が描いたシナリオを突き崩すことだ。だから君は、嘘をついてはいけないけれども、本当のことだからと聞かれてないことまで何でもかんでもしゃべってしまってはいけないんだ、とか。
こういったことを理解させておく必要がある。
★
−11−
まず「(刑事)裁判とは一体どういうゲームなのか」を理解させ、「君の仕事は被告人としての役割を演じきることだ」と理解させる。
それは、公判の最後に「今日の公判を振り返って、どう思いましたか?」と裁判官から聞かれたようなときに、「(刑事)裁判とは一体どういうゲームなのかがわかってきました。最後まで被告人としての役割を演じきれそうです」と答えちゃいけないってことをも意味しているからね、とかいうことまで含めて丁寧に教えとかなきゃいけないって意味だ。
君がその感想を持つことは全然間違ってない。裁判は一種のゲームだ。それも正しい。
だけど君がもし「ゲーム」という言葉を出せば、君が「ゲーム理論」の「ゲーム」のニュアンスで言っていたとしても、検察側は「TVゲーム」の「ゲーム」と解釈して、そこから「ゲーム感覚で殺したんだろう」と事件の話に持っていくかもしれない。
それは“ある意味わざと曲解”しているみたいなもんなんだけど、それをするのが検察の仕事で、裁判とはそういうゲームなんだ。わかるかい?
何? 「ゲーム理論」の「ゲーム」も「TVゲーム」の「ゲーム」も本質的には同じじゃないかって?
いや、そう。そうなんだけど、君のことををできるだけ悪人であるように見せるのが仕事の検察にとっては、同じじゃないんだ。
また、「被告人としての役割を演じる」というのも実に正しい言い方だ。けど、君がそう言えば、検察は「演じる」という言葉の意味を“ある意味わざと曲解”して、君が嘘つきで裁判を冒涜する人であるかのように言い立ててくるだろう。
だから君は「被告人としての役割を演じる」を演じなきゃいけないんだけど、「演じる」というような言葉を裁判の中では使わないくらい徹底して演じるということだ。
役者は舞台の上で「私は役者で○○の役を演じています」とは言わないだろう? わかったかな?
まったく骨の折れる仕事だな。
★
−12−
アスペルガー症候群の人は、こういうめんどくさいことを考えながらじゃないと裁判をまともにやることすらできない。
だからどんな表情がどんなタイミングで顔に出るかなんて、普通の人と違ってしまうことがあって当然だ。そのせいで他人によくない印象を与えてしまうことがあるだろう。
それに、もし“ある意味わざと曲解”されてしまうような言葉をポロッとこぼしてしまったりすれば、それこそ大変なことになる。弁明すればするほど他人によくない印象を与えてしまうこと必至だ。
でも実際には、受けた印象のほうが間違っている…からこそ「コミュニケーションの障害」なんだね。
弁護人は、この点を考慮してほしいということを、裁判官に伝えておく必要があるだろう。
これは刑法第39条の話とも、情状酌量の話とも、まったく別種の話だ。
裁判の判決=「裁判所が認定する“真実”」は最終的に、裁判官が受けた印象によって決まる。だから、「自分が受けた印象を疑ってくれ」と裁判官に言わなきゃいけないし、言い続けなければならない。
★
−13−
世間一般の人は、こういうことを知らないよ。知らないから、のんきに戯れていられる。
J−CASTニュースのコメント欄でも、刑法第39条があるからどうのこうのと早速言っていた人がいたよ。しょうがねぇなって思うけど、まあ、しょうがないんだからしょうがねぇよな。
しかしそらパパさんは知っているはずの立場の人じゃないのかね。
自閉症児の親で、ナントカ式
自閉症療育とかいうブログを書いてて、本まで出してる人なんだろ?
俺は今回の記事のページ以外はほとんど読んでないから、よく知らないけどさ。
なのに彼は、世間一般の話の流れにむしろ先走ってまで、のんきに戯れようとしてしまっている。彼自身が皮肉だと評した世間の動向と、完全に一体化しようとしてしまっている。
だから言ったんだよ。彼は頭が腐ってるか、そうでなければ何かの陰謀を心に秘めているんじゃないかって。この野郎とも。
この野郎は、この野郎呼ばわりされるに値するこの野郎じゃないかこの野郎。
もし俺が間違ったことを言ってたなら謝るから言ってくれ。
★
−14−
自閉症児の親って立場の人が、「こういったケースで弁護側がことさら
発達障害を強調するインセンティブ(動機づけ)として、刑法第39条の規定がある」と、(「他にもある」を言わないことによって)強調する。
これは一見して陰謀論に見えないんだが、陰謀論になってしまうんだよ。「複数ある動機の一つが刑法第39条だ」と言うのと、「刑法第39条のために
発達障害を強調するんだ」と言うのとは、全然違う。
そらパパさんの文章を読んだら、主として「裁判を裁判として成り立たせるために」
発達障害を強調している弁護士に対してまで「刑法第39条のためにやってるんだろう」と思うようになるよ。もしそらパパさん自身までがそう思っているとしたら、それは最悪のケースだね。
極めて悪質かつ隠蔽性の高い陰謀じゃないか。
一体誰だ。こんなことを企んでいるやつは。出て来いこの野郎。
★
−15−
もう一度引用しよう。
---------- 引用ここから ----------
もう一点、考慮すべきことは、こういったケースで弁護側がことさら
発達障害を強調するインセンティブ(動機づけ)として、刑法第39条の規定がある、という点です。
(中略)
個別ケースの鑑定の信頼性、あるいは刑法第39条の是非についてのコメントは差し控えますが、本来の趣旨からいえば、そういった障害や困難をもった人を守るための刑法の規定が、結果として障害と犯罪との間に直接の関係を想定するような弁護側の主張を誘引し、さらにその結果として障害が犯罪の原因であるかのような印象を世間に与える結果になっているのは、皮肉というほかありません。
---------- 引用ここまで ----------
まったくもう。「皮肉というほかありません」じゃねぇだろうよ。
そう思うならなぜ、世間の動向に少しでもブレーキをかけるために言葉を用いるってことをしない。お前から先に煽ってどうすんだって話だ。
★
−16−
結局、
脂さんが言ってることは当たってるんだと思うよ。
そらパパさんがやっているのも俺がやっているのも言語ゲームには変わりはないが、そらパパさんの言葉には「何のために言語ゲームをするのか」という部分がすっぽりと欠けている。
地に足がついてない。言葉が現実に根を下ろしてない。脂さん曰く「二次元」的な言語ゲーム。
もっと平たく言えば、「誰が一番最初に通っぽいことを言ったか競争」だ。
彼の言葉はまるで、「私にとっては二次元的言語ゲームこそがベタであり、娘のことは二次元的言語ゲームに参加するための格好のネタだと思ってます」と言っているように聞こえる。
被疑者の少年が言った「父親に見放された」という言葉。
もし少年が本当に
アスペルガー症候群だったとすると、子供を見放す父親とはまさに貴様のことだ。俺はそう、そらパパさんのことを評した。
大胆予想でも何でもない。見たまんま言っただけじゃん。
★
−17−
相対主義でも寛容主義でも何でもいいが、そういうのは第三者的にものを言うってこととは全然違う。
似非野郎は、「いろいろな考え方がある」というのが言葉の綾だとわかってないんだよな。
本当は、いろいろな考えはあるが、いろいろな考え方などないんだよ。考えるというのはもっと絶対的な行為だ。「自分の立場に立ち、自分が知っていることを知っているならば、誰だってこう考えるはずだ、という考えって一体何だろう」と考えるのを考えると言う。
それ以外は考えると似て非なる行為なんだ。何て呼ぶのか知らないけど。
それぞれの立場があり、それぞれに知りうることがある。
だったら自分だって、「自分の立場に立ち、自分が知っていることを知っているならば、誰だってこう考えるはずだ」と自分が考えたことを堂々と押し出してかまわないはずだ。それは自分にしか言えないことでもあるんだし。
相対主義ってこういうことだよ。
わかったかロリコンマザコン去勢チンコのヘタレ野郎。
自分の立場を堂々と押し出してみろよな。もしあんたが娘さんのことをネタじゃねーよって思うなら。
★
−18−
ついでに、先のリンク先で脂さんが言ってる
---------- 引用ここから ----------
リンク先の二人はドードーとらさんとは違う話をしたがっているように見える。「
自閉症者の存在自体が一つの概念」という話は三次元の話で、象徴界に限定した二次元の話をしたがっているよう。どっちが正しい悪いって話じゃなくて。
---------- 引用ここまで ----------
についてもう少し。
どっちが正しい悪いって話じゃないことは、俺も認める。メタな立ち位置に立つ俺は、ね。
でも「象徴界に限定した二次元の話」は、「存在しないものは実在もしない」ことを前提として語られるし「存在しないものは実在もしない」という結論を導き出すようにして語られる。
これは「存在しないが実在はしている」者を締め出しながら回り続ける大きなトートロジーだ。
俺はそれを知っているから、「存在しないが実在はしている」者の立場からものを言うときには、口が裂けても「二次元は二次元で正しい」だなんてことは絶対に言わない。むしろ、それは俺のような人を殺そうとする考えだ、と切って捨てなくてはならない。
でも本当はそういう人もいたっていいよね、と思っている。
いたっていいよね、とは思うけど、そういう人らに包囲されるとなると困っちゃうなぁ…って感じで、包囲網に風穴あけたいときには罵倒も人格否定も泥試合もやんなかったら、生きていけないっすわ。
★
−19−
はぁ…。結局俺が書いちゃった。これで全部台無しだね。
まあいいさ。バカが勝手に首を突っ込んで勝手に暴れて勝手に疲れてるってだけの話だ。
誰か一人、顔をつぶした人がいたと思ったけど、誰だっけ? まあ、これもいいわな。どうせ自業自得だ。
はい。この話はこれで本当におしまい。
事件に何か進展があれば、また書くかもしれないけど。
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お疲れ様でした
何日も寝不足でらっしゃいますからね。
あと、結局は、跳ね返ってしまうだろうと思うから・・・。
この記事を読んで、どれだけの保護者が理解できたでしょうか?
きっと、少ないでしょうね。
こどもが障害だとわかったとき、障害名を受け入れるまでの時間があり、それ以上にその特性を受容するまでの時間が必要です。
この後者がなかなか手強いのですよ。
だから、いろんな療育に走ってしまうのです。
療育が悪いというつもりはありませんが、療育の目的によってはこどもを追い詰めますからね。早期であるほど被害は大きいので懸念しているところです。
そして、そうこうするうちに、特性を受け入れる親もいるし、受け入れているフリをする親もいるし、病気になってしまう親もいます。
画伯のように、言葉でのやりとりが難しいと、なおさら時間がかかるでしょうし、2次障害の状態象を「自閉症の特徴だ」と誤解したままでいる(いたい)親もいるでしょう。
ドードーとらさんにいわれのない非難をされたと感じられた方、その受け入れにくいと思う部分を理解できなければ、普段接しておられるお子さんは自分の存在を否定されていると思っているかもしれません。
少しでも多くの方がそのことに気付いてくださることを願っています。
そうそう
本当にそうですよね。とっても重要なポイントだと思いました。
より多くの人に伝えたい言葉です。
誰かCMで流してくれないかな・・・。
おっしゃるとおり、「自分が受けた印象を疑ってくれ」というのが最大のポイントです。
それこそが、陰謀論とはまったく無縁の、弁護活動上どうしても必要なものとしての「弁護側がことさら発達障害を強調するインセンティブ」ということになります。正式鑑定を申請するインセンティブじゃなくて、裁判において強調するインセンティブね。
また、今回の一連のドタバタ劇の参加者や観衆にも、「自分が受けた印象を疑ってくれ」というか。「疑える人かどうか試してやるぞコラ」的なw 試金石みたいなものですね。
必要以上の罵詈雑言も、問いなのです。「ここまで罵るか? ひどいやつ!」と発想する人か、「ここまで罵るか? いやここまで言うからには何かあるのかも…」と発想する人か、あなたはどっちですか? …という問い。
画伯君の話を聞いてても、こういうことに関しては、知的障害の有無や、言葉を使いこなすレベルとはあまり関係ないなって思います。
画伯君の「先生育て」と俺の「そらパパさんや他の読者育て」は、ほとんど完全に同じ形をしているはずですよ。行動で示すか言葉で言うかってことくらいしか、違いがないんじゃないかなぁ。
そうと気づいてからが、自閉症児療育の本番なんだろうと思います。ってか、二次元的言語ゲームに戯れてる時間がもったいなく見えますよねw
そうそう。もったいなくって見てられねぇよ、が一番しっくり来るのかな。俺がこんな一文の得にもならないことをしてしまうわけは。
そうなんですけど、行動ゆえに主観的な判断になりやすく、また、周囲の大人も主観対主観の論争になり・・・。難しいんですよ。
特に親は、長い間一緒にいるから騙されてしまうんですよね。
障害に関係なく、どこでもそうですよね。「うちの子にかぎって・・」って。
あれですよ。
うん。「うちの子にかぎって・・」はどこでもそうなんでしょうね。周りの人の主観対主観の論争になる。
ただ、自閉症の場合はさらにややこしくなります。論争の中心が実はいつも「存在しない」んですからw
自閉症者の人格というかキャラというかそういったもんは、周辺環境へのリアクションとして、その都度リアルタイムに形成される。もちろん、誰でもそういう面はあるんだけど、普通はある程度の範囲に収まっていて。でも自閉症者だとその範囲が定まってない。「セントラル・コヒーレンスがない」というのはこのことだろうと思うんですがね。
これは即ち、自閉症者を巡る主観対主観の論争が「同じ人(というか人格・キャラ)を題材とした主観対主観の論争」じゃなくて、「違う人(というか人格・キャラ)を題材とした主観対主観の論争」になってしまうということを意味します。
ね。「アリスさんから見えてる俺」と「そらパパさんから見えてる俺」が違うだけじゃなくて。「アリスさんと向かい合ったときのリアクションとしてリアルタイムに形成される俺」と「そらパパさんと向かい合ったときのリアクションとしてリアルタイムに形成される俺」も、かなり別人なんですよ。
見てる人には、この全体構造を察知してほしいです。俺もそのためにログの残るネットで暴れて見せてるんでね。
そうですね。対人関係は鏡のようなものなんだけれど、相手が自閉症者だと、その鏡は気を使ってくれないというか、生々しいものを映してくれますね。
それを直視できない=相手の存在を否定している、ってことなんでしょうね。
うーん。
そこだけ取ればただのケンカですから。いいも悪いもないただのケンカ。それはそれ。
今俺が話したいのは、気を使ってくれない生々しく映す鏡であるというのは、「あなたにとって」だけでなく「誰にとっても」なんですよ、と。こっちです。
全体構造を考えてみてほしいんですね。
そうですね、私だって、時にはドードーとらさんと違った雰囲気のやりとりになったりしますからね。
「こうありき」という大前提で議論するのではなく、「こうありき」という論点自体を疑うような議論でないと、「私が言いたいのはこういうことだ」の「なぜ、こういうことを言いたいのか」を振り返らないと膠着してしまいますからね。
そして、その大前提を崩すには、自分にまとわりついている慣例のようなものを払い落とす必要がありますしね。
ほんと、これは一人ではできないですよ。
気付かせてくれる鏡がないとね。
そらパパさんはそらパパさんで、後日談のようなものを書かれていましたけれども、
---------- 引用ここから ----------
私としては「議論の入り口」に立つ前に議論が発散してしまったという印象です。
---------- 引用ここまで ----------
は事実認識としてまったく正しいです。
脂さんも言ってましたが、勘は悪くないなって俺も思いますねぇ。見込みがある。
俺がやったことを言葉にすればまさに「入り口の入り口の入り口くらいまで2つ3つ戻ってみて」ということになります。…と今俺が言ったとすると、そらパパさんの言う
---------- 引用ここから ----------
「自分の期待する(自閉症の親としては当然だと信じる)反応」を当方がしてくるかどうか、それだけに関心があったのだろうかと感じています。
---------- 引用ここまで ----------
に対して「違う違う。あなたももう1個前の入り口に戻ってみれば、違うってことがわかるよ」と言ったのと同じことになりますね。
一体どこまで行くんだ、みたいな話になりますがw
★
脂さんの直近の記事(http://aburax.blog80.fc2.com/blog-entry-199.html)で斎藤環さんの自閉症に関する論文(http://homepage3.nifty.com/tamakis/%8D%D6%93%A1%8A%C2/HugBoxor.html)が紹介されていました。
これはいい論文です。難しい言葉も入ってますが、そこはひとまず読み飛ばしても大丈夫、かな。
今のからみで言うと、これですか。
---------- 引用ここから ----------
テンプル氏は(中略)家畜を扱うためのさまざまな装置をリアルにイメージすることができる。また設計図を見ただけで、その完成形をイメージし、それを実際に運用したさいに、どのようなトラブルが生じてくるかといったことまで正確に予測できる。
---------- 引用ここまで ----------
俺ねぇ。文章なり言葉なりも一種の「設計図」だと思うんですよ。うはは。いやぁ怖い怖いw
今度、チャレンジします。
なんか、目がしょぼしょぼして・・・。
ブルーベリーを補給しなくちゃ。(~o~)
★
BUNTENさんのコメント(http://b.hatena.ne.jp/BUNTEN/20080506)に簡単にお返事。
> 「だけど君がもし「ゲーム」という言葉を出せば、」とか色々。そのへんは絶対的に暗黙に理解されるべき事のような気が。明示的に伝えたらその時点で事実上敗北…になりそうな気がする。(ああお先真っ暗。orz)
うーん…。申し訳ないことに、何をおっしゃっているのかがよくわかりません^^;
よくわからないんだけど、明示的に教えとかないとダメなんだけど、教えたら教えたで(事前に知っていたら知っていたで)やっぱりダメって部分は確かにあるなと思ったので、書きます。
もし仮に、俺が被告人になったとして、難癖つけられずにやり通せるか。自信がありませんね。ほぼゼロ。
知っていたら知っていたで、実際に裁判が始まると、事前に勉強してあった「裁判とは何ぞや」とたった今している体験が、頭の中でバンバンバーンってかみ合わさりまくることになります。
これがもう快感で快感でw 顔がにやけてきちゃうのを抑えるので必死、みたいになるでしょうなぁ。
そういう障害だっつーかなんつーか、そういう「脳のクセ」っつーか「クセのある脳」っつーか。自分で止めようがないんですよね。
もうねぇ、「自閉症の人には○○が向いている/向いていない」と一括りにできることとできないことがあると思いますが、被告人になることだけは、ほとんど絶対的に向いてないと思いますよ。
おまけ
別に障害とか関係なく誰だって、刑事事件の被疑者・被告人あるいは犯人になってしまうことはありえなくない。それが三次元的リアル。
万が一の場合において、あんたの娘は「刑法第39条によって守られるべき人」になる。これも三次元的リアル。
何であれ弱者を守るための制度には必然的に、「本来それによって守られるべき人」のためにかかるコスト以外のコストがかかってしまう。制度の維持・運用にもコストがかかるし、フリーライダー問題もある。フリーライダーはどうやっても防ぎきれないのかもしれないし、本来守られるべき人かフリーライダーかの審査は、厳しくやろうとすればするほど制度運用コストが高くなるし、厳しすぎれば本来守られるべき人がこぼれ落ちる。これだって三次元的リアルだ。
自閉症児の親一般に何かを期待するとかってのは、俺には特にない。
けど、あんたがもっとちゃんとリアルを見据え、不特定多数に向けて何か言うならリアルに根ざしてものを言ってかないと、あんたにとってもあんたの娘にとってもこの先まずいだろうって。
それだけであって、他意はない。俺がアスペルガー症候群だって診断が、俺に他意がないことの、一つの証拠なんだけど。
なんか、せつなくなってしまうよなぁ。期待なんてしてなくても、やっぱりせつないものはせつないよ。はぁ〜ぁ。
私はね、見てられないですよ。
ドードーとらさんが、なぜ、ここまで言及してくださっているか、どれだけ相手の為に熟考してくださっているか、わかる人は少ないだろうから・・・。
自虐的行為そのものですよ。
なのに、正反対に曲解する方が多く、しかも、同じ自閉症の子をもつ保護者もそうだというのが、同じ親としてはつらいですね。
他意はないんです。私にはあっても、彼にはないんです。
わかりますか?定型人の皆さん?
こんなことをやってても俺には何のメリットもないんですけど、それをどう見るか、でしょうね。
その人にとって何のメリットもないように見えることを他人がやっているとき、それでも普通の人は普通に思うだろうと思うんです。「何かあるはずだ(自分もそういうときはそうだから)。例えば『俺は賢い。正しい。見せつけてやろう』とか」なーんてことを。
ところが本当にないから困るw 俺にとっても俺は「存在しない」んでね。「俺のメリット」って、俺にとっては考えようと思ってもうまく考えることすらできないものだから。
どうやら彼(ら)は俺について「唯我独尊」だ、みたいな形でまとめておきたいみたいです。仏教用語としてきちんと解釈すれば実はその言い方で正しいということになりそうな気もするけど、一般用語としてとらえるならば間違いでね。
彼(ら)は「何かあるはずだ(自分もそういうときはそうだから)」が絶対に正しいと信じている。自分にとってメリットがまったくないことをやる人間などいないと、固く固く信じている。
だから話が進まないのよね。「議論というのは、自分の意見が絶対に正しいと信じてしまうともう先に進みません」という言葉は、そっくりそのままお返ししますよ、と。
アリスさんはこのドタバタ劇全体の構成を「わかって見てる定型発達者」だから、「見てられない」と思うんでしょうけど。なかなか難しいことですよ。
他の「わかって見てる自閉症者」がどう思うかは聞いてみたいところですがね。「ヤケクソ宣言したとは言え、よくやるわ」くらいかなぁw
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