リンクをいただいていたので、「
JR岡山駅の事件」の補足をしておく。
リンクをくださっていたのは
こちら。
それから、その記事の中で触れている、そらパパさんという方の記事が
こちら。
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めんどくさいから、簡単に書く。
お二方は読み落とされたのかもしれないが、報道によると、話はこうだ。
簡易鑑定により被告人は
アスペルガー症候群であると診断されている、と公表したのは、弁護士。
簡易鑑定を行ったのは、検察。
いいですか。簡易鑑定を行ったのは、検察です。
従って、そらパパさんのおっしゃる「こういったケースで弁護側がことさら
発達障害を強調するインセンティブ(動機づけ)として、刑法第39条の規定がある」云々。
これだとニュースの読み方が間違ってます。よね?
正確には確認しないと何とも言えないが、
自閉症・
アスペルガー症候群・広汎性
発達障害は、刑法39条の適用対象には入っていないはずだったと思う。俺のうろ覚えによると。知的障害が伴うケースはまた違うかもしれないが。
俺の記憶が違っていたとしても、もしこれが刑法39条の適応対象に入るというならば、話がおかしい。弁護士が鑑定を受けさせて
アスペルガーだった、というならともかく、検察がそんなことをする意味がないじゃん。
また、話によれば、検察にとって都合のいい診断を出す鑑定医がよい鑑定医ということもあるそうじゃないか。検察にとって都合の悪い診断を出すと、次から声がかからなくなる、みたいな。本当かどうか知らないけどね。
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このニュースは、以下のように読んだほうがいいと思う。
検察は、“世間様をお騒がせし世間様にご迷惑をかけた凶悪かつ理解不能な殺人の犯人”について、切断操作したいと考えた。つまり、そんなことをするやつは「善良に生きるわれわれ」とは違った人間なのだ、ということにしておきたいわけ。
でも一方で、刑法39条の適用対象にはしたくなかった。“そんなことは世間様が許さない”もの。
そんなときにとても使い勝手のいい道具を手にしたんだな。検察は。
それが、
アスペルガー症候群であり広汎性
発達障害だ。
そらパパさんご指摘のとおり、結果から原因を「あとづけ」で、なんぼでも診断しちゃえばいいさ。“世間様”にとっても、悪いことをするやつは「われわれ」でないほうが都合がいいんだし、「われわれ」でなければ何でもいいんだし。
これから検察はどんどんこういうことをやってくるぞ。というか、もう始まっちゃってるような気もするけど。
公表した弁護士が、こんなやり方ってありかよ、と言いたかったのかどうかはわからない。でもまあ形式上、それを世に問うた形にはなっている。
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だからさぁ…。偏見だ差別だ「いらぬ誤解を生む、障害を持つ当事者や家族を苦しめることになる(by
自閉症協会)」だとかって程度の、のんきな話じゃないんだよ。
切断操作はしたいが減刑になるようにはしたくない。だったら
アスペルガー。どう見ても狙ってやってるよなぁ。検察は。
自閉症協会は、違った相手に違ったやり方で「激怒」したほうがいいかもしんないね。
でも考えてみたら、検察に限った話じゃないんだよな。問題児やトラブルメーカーを見れば全部
発達障害者だって言う人、いるじゃんw
検察は社会秩序の維持が自分たちの仕事だと考えているんだろうが、確かにそこに社会というか“世間様”の考えはちゃあんと反映されてんだね。感心しちゃうよ。まあ、半分以上は鶏と卵の関係なんだろうけどさ。
ってことで、めんどくさいからおしまい。こんなもん、いちいち解説させんなよな。事前情報が何もなくたって、鑑定を行ったのは検察だってことくらいは、きちんとニュースを読んだら分かることなんだから。
タグ : 発達障害 アスペルガー症候群 自閉症 アスペルガー 自閉
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⇒afcpさん
> この鑑定結果をわざわざ現時点で公表した弁護側の目的が何なのか、もう一つよくわからないところです。
そうですね。俺にもよくわかりません。
また、俺の「自閉症・アスペルガー症候群・広汎性発達障害は、刑法39条の適用対象には入っていないはずだったと思う」については、
> これについては明確な規定はありません。ただ最近の傾向としてシンプルなPDDのみの診断では、完全責任能力が認定されることは多くなってきているとは言えそうです。
だそうです。規定はないが判例によると、って感じですか。なるほど。
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⇒そらパパさん
ですから、「こういったケースで弁護側がことさら発達障害を強調するインセンティブ(動機づけ)として、刑法第39条の規定がある」というお考えは、今や少し根拠に欠けるでしょう? やや時代遅れというか。
…ということを本文でも書こうとしたんですが、全然伝わっていなかったようです。俺の書き方が悪かったんだとしたらごめんなさい。
弁護士にしてみれば、アスペルガー症候群であってはむしろやりにくいでしょうね。それが弁護するのに有利に働かないというのを、ここ最近の判例が既に示しちゃってるわけですから。むしろ、正式な鑑定では別の精神障害か何かだという結果が出ることを望んでいるんじゃないだろうか、と思うくらいです。そうなれば弁護するには理想的かもしれませんよね。
岡山地検が行った簡易精神鑑定の結果を、今の時点で、弁護士が公表した理由。それは俺にもわかりません。想像することしかできない。
しかし、刑法39条の適用を狙うだけであれば、弁護士は裁判の手続きの中で話をただ進めればいいんです。検察が公表するならともかく、弁護士が公表する理由なんてどこにもありません。
また、公表しない理由も特に見当たりませんが、もし何か動機があって公表したんだとすれば、「発達障害という道具を用いれば検察が先回りして弁護側に刑法39条を使わせないようにすることもできてしまう。こういう事態が現に起こっているぞ」と世に伝えたかったのかな、と。これは俺の想像ですけどね。
ともあれ。
自閉症に関わる者が、刑法39条の適用を狙う弁護士によって自閉症が利用されると、心穏やかでない。それは俺だってそうです。
でもね。これから先、弁護側に刑法39条の適用をさせないように先回りして自閉症を用いることが、検察の常套手段になるかもしれない可能性。あくまでもまだ可能性でしかありませんが、それが今、提示されているわけです。
さて、どちらがより重大な問題でしょうか。
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⇒もう一度afcpさん
> 検察の側が積極的に切断操作を行うメリットが自分にはわかりません。むしろ予想される弁護側の(切断操作的な側面を伴う)主張に対する予防線であると考える方が、理解しやすいようには感じます。
そりゃそうなんですけど。切断操作を喜ぶのは検察よりも世のヘタレどもですかねw
奇妙な事件を起こした人が「自分たちとは違う、生まれつきおかしなやつ」だったことをも証明しつつ、刑は刑でビシッと与えることができたら、「検察よくやった」ということになるわけで。
いろいろ話を聞いていると、最近の検察は世論を気にしすぎな感じがします。裁判所もね。
一方、弁護士が心身衰弱・心神喪失の主張を行うのは、単純に、弁護のために有効だからではないでしょうか。そういうのは切断操作とは言いませんよね。たぶん。
切断操作→http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C0%DA%C3%C7%C1%E0%BA%EE
もうすぐ、裁判員制度も始まるというだけで、こうした事件の裁判のことを考えるだけで胸が痛みます。
すべての裁判に出席して啓発活動をしたいと思ったり、見聞きする偏見や誤解に耐えられないかもしれないと思ったり・・・・。
切断操作という言葉は初めて知りましたが、内容はなじみのあるものですね。
恥ずかしながら刑法のことはよく知りませんが、検察や弁護士の質によって
世の中の動向が変わっていくというのは何とも情けないものです。
といいながらも、世の中全般を見渡せば、そのようなことは山ほどあるんですけどね。
鶏が先か卵が先か・・・。悪徳弁護士が先か悪徳検察が先か・・・。
そんなことを問題にするよりも、被害者は誰か、だまって泣き寝入りする気なのか・・・。そのことの方が大事な気はしますね。
ドードーとらさんも、そのことをおっしゃりたいんですよね。
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では本題。
あのですねぇ…。悪徳弁護士とか悪徳検察とか陰謀論なんてこと、俺は言ってるつもりがないんですよ。
むしろいわゆる「合成の誤謬」というやつのことを言ってるつもりです。それぞれの人が善意的かつ合理的に行動した結果、最悪の事態が訪れてしまう、みたいな。
まあ、そこにある「合成の誤謬」を指摘されてもなかったことにしようとする人については、何かたくらんでるかもしれない、と思いますけどね。
被害者は誰か、というのは少し気をつけて見てほしいところですかね。
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言っちゃ悪いけど俺さぁ、そらパパさんって頭腐ってんじゃないかと思いましたよ。
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ただ私は基本的には、陰謀論めいた議論には与しないという立場です。
検察は、単に適切な罪を科したい。弁護士は、単に罪を軽減したい。そういう単純な目的モデルのなかでいま起こっている現象を説明したいと思っています。
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だと。
俺のを陰謀論だと言うならば、そらパパさんの「こういったケースで弁護側がことさら発達障害を強調するインセンティブ(動機づけ)として、刑法第39条の規定がある」だって陰謀論になっちゃうでしょうが。ねぇ。
俺だって「単純な目的モデル」を用いて考えてるんですよ。
正しくは、「検察は、被告にできるだけ重い罪を科したい。弁護士は、被告の罪を軽減したい。できれば無罪にしたい。両者の意見を聞いて、適当な罪を言い渡すのが裁判所」だと思いますがね。それは置いといて、とにかくこういった単純なモデルを使って考えてるのは一緒。
ところがそらパパさんの話では、どういうわけか、罪を軽減するために合理的に働いてくれるはずの弁護士が、過去の判例を勉強してないことになっちゃってるわけですよ。そこだけ急に素朴で無知な一般ピープルになっちゃってんの。
それは変でしょ? こんなの気づかないで言ってるなんて、頭腐ってるw うはww …と俺は指摘しているわけです。
もしそらパパさんの頭が腐ってないとすれば、そらパパさんは心に何か陰謀を秘めているってことになるだろうと思います。本人が自覚してないとしてもね。
そういう意味では俺は確かに陰謀論者ですわ。うんうん。
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なんか、先日の「サリーとアンの問題について(http://manyissue.blog112.fc2.com/blog-entry-166.html)」に似てますよね。
俺もそらパパさんも、「示された条件だけでは答えられない問題」だと口では言う。
しかしそらパパさんという人は、少なくとも本音では、「かごの中」が唯一絶対の正解だと信じて疑ってないのね。「かごの中」が正解であるとするために、弁護士がいきなり素朴で無知な一般ピープルになっちゃったりするシナリオを描くのでしょうよ。
俺は、別のシナリオがありうると言っているだけなんです。
で、示されてない条件(ここでは過去の判例など)まで含めて考えれば、そらパパさんが言うような無理のあるシナリオより、俺が試しに書いたシナリオのほうがちょっとは現実的じゃないの? …と言っているわけです。
それなのに、そらパパさんは相変わらず「かごの中」が唯一絶対の正解だと信じて疑ってない。
だからその妄信は一体どこから来るんですかw
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俺ね、リンクしてくださってたafcpさんの記事を読んで、キャッシュへのリンクがあった朝日の記事(http://72.14.235.104/search?q=cache:nKzQpWKdqJUJ:mytown.asahi.com/okayama/news.php%3Fk_id%3D34000000804250003+岡山駅 男性突き落とし事件から1カ月)をチラッと見て、それからそらパパさんのブログもチラチラッと見て。すぐに思いましたね。
で、少しやり取りしてみて確信しました。
もし被疑者が本当にアスペルガー症候群であったとしたならば、彼の父親とそらパパさんって同じ思考態度の人ですよ。
少なくとも傍目には、関係はよかったみたいですね。彼と彼の父親は。
そらパパさんはこの記事(http://soramame-shiki.seesaa.net/article/25581753.html)において、
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自閉症児に対して「私たちの世界」を押し付け、適応させようとするのではなく、私たちが「自閉症児の世界」を理解し、そこにできるだけ近づいたうえで、2つの「世界」をつなげる橋渡し役を積極的に行なおうとする点にこそ、TEACCHの本質があると言えます。
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と言っている。言ってることは間違ってないんだろうと思います。
でも本当にそう思うんだったら、「かごの中」が唯一絶対の正解だと信じて疑わない自分自身をきちんと分析しなさいよ。
それをしないで口だけでそんなことを言ってると、次に「父親に見放された」と言って暴れるのは、そらパパさんの娘さんになりかねんぞ。
もし被疑者が本当にアスペルガー症候群だとしたら、彼が「父親に見放された」と言うのは思い込みなんかじゃない。
「かごの中」が唯一絶対の正解だと信じて疑わない自分自身を分析しないような人間は、自動的に、「かごの中」が唯一絶対の正解だと自閉症者に押し付ける人間だ、ということになる。また、そういう人はいざとなると簡単に、自閉症者を見放すことになってしまうんですよ。たとえその気がなくても、事実としてそうなってしまうの。
それじゃあそらパパさんや、その娘さんや、あるいはそらパパさんのところの読者やその子供たちがあまりにもかわいそうだなって思うから、俺はこんな一文の得にもならないことをやっている。
俺が言ってることがわかるか? わかっててほしいと願うよ。ほんとに。いや、わかってなくてもかまわないから、少しでもわかろうとしろ。わかろうとしなきゃいけないんだってことだけはわかれこの野郎。わかったか。
これ以上は俺からは何も言いませんと言った手前、何も言いません。釣りは一旦ここまで。後は読者の方々がそれぞれに判断してくださればそれでいいです。
ま、何か聞きたいことがあれば何でも答えますけど。
ごめんなさい
悪徳・・は、陰謀という意味で使うつもりはなかったのですが、適当に言葉を使った私の責任ですね。ごめんなさい。
悪質にすればよかったのかな・・・。
ちょっとずるいですが、【 むしろいわゆる「合成の誤謬」というやつのことを言ってるつもりです。それぞれの人が善意的かつ合理的に行動した結果、最悪の事態が訪れてしまう、みたいな。】という御意見に賛成です。ということで。
「腐っている」発言については、ドードーとらさんにメールして削除してもらおうと思ったのですが、遅かったようですね。
定型人は、こういう言葉でドードーとらさんのコメントの読み方が変わってしまうのですよ。残念なことですが・・・。
ま、あくまでも私の「解釈」ですけどね。
ここからは、外野関係なしにドードーとらさんのコメントだけについてのお話を・・(他の方の感情のことを考えているとややこしくなるので)
>それじゃあそらパパさんや、その娘さんや、あるいはそらパパさんのところの読者やその子供たちがあまりにもかわいそうだなって思うから、俺はこんな一文の得にもならないことをやっている。
→ですよね。さらには損までされているでしょう。これはね、一つ目の大きな峠を越えた人間でないと難しいと思います。そらパパさんの反応は、私には理解できますし、おそらくまだ時間がかかるでしょう。
彼は私なんかよりもずっと知識はおありでしょうが、「それまでの価値観や優先順位がガラガラと崩れる」という体験はまだなのではないでしょうか。
私は、「人格が否定された」と、せっかくのチャンスをふいにする人を沢山みてきました。ま、これも私の「解釈」でしかありませんが・・・。
> 損までされているでしょう
そうかもしれません。でもそうでないかもしれない。
わかりませんけど、損したって誰かが示しておくべきことはあるだろうとも思ったりします。しかしどうして毎度毎度俺なのか。それはいつも気に食わないです。いや、好き好んで首を突っ込んでおいてアレなんですけどねw
> 私は、「人格が否定された」と、せっかくのチャンスをふいにする人を沢山みてきました。ま、これも私の「解釈」でしかありませんが…。
そうですね。だから別にどうだっていい話なんですが。
しかしこういう親なんだよなぁ自閉症児を追い詰めるの、とか思うし。知的に重けりゃ言葉で解決することもできないだろうし。なんかもう、ね。
ところで、俺がやったことは明らかに、そらパパさんの人格否定です。言い逃れはできませんね。する気もありませんし。
厳密な意味において、人格と、価値観・優先順位(そして症状)といったものは、同じものなんですよね。アリスさんがかつて体験した「それまでの価値観や優先順位がガラガラと崩れる」というのも、「それまでの人格を木っ端微塵に否定された」体験であったはずなんですよ。単なる「別な考え方の導入」みたいなんじゃなくてね。
ま、「相手の人格を否定しちゃいけない」とかお行儀のいいことを言ってたら、自閉症者に生きる道はないですね。否定したからってあるとは言えませんがw
★
それにしても、トラバくださってた脂さんの「スキゾ的相対主義を口先だけで述べ本当の相対主義的主体は狂気の領域にあることを知らない者たち。類例はいくらでもある」が、あまりにもピッタリすぎる予言になってるんですよね。一人でウケまくっちゃってますw
つまりはアスペルガーの人に向かって「いろいろな考え方があるんだから」とか言うのは釈迦に説法だってことなんですが、こんなことまでわかる人は一握りでしょうね。すごいなぁ脂さん。
考え方はいろいろある。いろいろあるけどそれぞれの、「正解でありうる度」については語れるんです。我々は。
でも俺がそれについて語ろうとすると、「いろいろな考え方があるんだから」と説教されるのが大抵のパターンですねw
俺に説教したがる「口先だけの相対主義者」は、いろいろな考え方があるだなんて本当は思ってないんだろうと思います。もし思ってたら、「いろいろな考え方があるんだから」で話を済ませることはできないんですよ。
いろいろな考え方があると心の底から思っている。だからこそ、それぞれの考え方の「正解でありうる度」について考えよう語ろうとするのをやめることができない。これが「狂気の領域にある」「本当の相対主義的主体」ですね。
いろいろな考え方の「正解でありうる度」について考えよう語ろうとするならば、誰々さんの考え方は「正解でありうる度」が低そうだねって話は付き物です。「いろいろな考え方がある」と認めるならば、それはしかたがない。
いろいろな考え方があると(か、批判があれば言ってとか)言う以上、それはしかたないとして受容する人なんだろうと思って、その考え方では「正解でありうる度」が低そうだね、みたいなことを俺は言ったりする。
でもなかなか認めようとしませんね。「口先だけの相対主義者」は。
仕舞いには「いろいろな考え方があるんだから」と来られちゃうんだけど、俺に言わせれば、バカ野郎それは俺が言ってることだ、という話であってね。
まあ、こんなの、普通はわかんないでしょうね。俺を見てこれに気が付いた人なんて、今までに何人もいないですよ。
★
一応、少しだけ自分のことも振り返っておきますか。
いつもと言えばいつものことなんですが、こういうときの俺の話っていつも以上に、「ズバリそのもの」と「ものの喩え」とが境目なく入り混じってますかねぇ。これでは妄想を見ている人だとか疑われてもしかたがないw
サリーとアンの問題を引き合いに出して、俺が言う。
> 俺もそらパパさんも、「示された条件だけでは答えられない問題」だと口では言う。
それは俺のでっちあげで、そんなことは言ったことがないと彼は言う。でも彼は言っている。
> 別に私はドードーとらさんの「解釈」が間違っているとも、自分の「解釈」が唯一の正解だとも言っていないのですよ。
> 解釈は解釈ですから、可能性の世界で並存しうるのです。
俺が言ったのはそのことだよ、っていう、ね。
サリーとアンの問題を引き合いに出した時点で既に「ものの喩え」に入ってるんだけど、これはさすがに俺が意地悪すぎましたか^^;
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陰謀論云々に関しては、どうコメントしたらいいものか。
さっきはとっさに陰謀論じぇねーよと言ったものの、実際は難しいなぁ。俺は素朴な意味では陰謀論者ではないけれども、ある意味では明らかに陰謀論者ですからw
一応、「陰謀がなくとも『合成の誤謬』の結果として出現するが、形としては陰謀論と同じことになるような状況」のことを俺は言いたかったのだ、ということにしておいてください。
ちなみに「ある意味では」と言ったのは、それをこそ陰謀論と呼んでもいいよな、とか思ったりもするからです。
ま、こんなところで。
→そのとおりですね。でも、なぜか、人格を否定する=相手を傷つける=してはいけないこと、なんですよ。でも、タブー視していたら、誰も前には進めないです。で、そんなこと言ってたら、ドードーとらさんや息子達が毎日のように、あるいはいろんな人から人格否定されまくっちゃってるのはどうするんだって話になりますね。そして、ドードーとらさんも息子達も私たちがするようには反応しないでしょ?だから、人格を崩して再構築するということにたいして、ハードルが低いんだろうなって感心しています。
あ、そういう意味では、こころの問題(反応?)に質の違いみたいなものを感じますね。
★
事件については、切断操作したい保護者もたくさんいるでしょう。
「あの少年はうちの子とは違うと思いたい。」と。でも、心の底では他人とは思えないんですよね。
昔、長崎の事件がありましたよね。あの報道、はかせに告知をして3ヵ月後くらいだったんです。
当時、はかせは2次障害がひどくて、荒れまくっていましたので、「俺もいつか殺人をおこしてしまうんじゃないかって不安や。」と悩んでいました。
「友達がいなくなる」「切れたくない。コントロールできるようになりたい。」とも。
ところが安定してくると、一言も言わなくなりましたね。友達と約束して遊ぶことが彼の人生での楽しみでしたから・・・。
そんなときは、アスペルガーの少年が事件を起こしたという報道をみても、「友達がいなかったのかな。俺がそばで友達になって相談にのっていたら、事件を起こさなかったかもしれないな。」というようになりました。
これが、【事件を起こさない動機】ではないかと思ったりします。
そして、今のはかせは高校での友人関係に苦労しています。(友人までもいかないですが)
救いなのは、彼には近所に仲のいい友達がいて、今日もそのなかの一人のお宅でバーベキュー&お泊りがあります。
彼らの存在がなければ、彼にとって今は暗闇でしかないかもしれません。
また、本やらTVやらネットやらの情報を見て「何かがおかしい」と感じている当事者やその周辺の人にとって、このブログがそういう存在であればいいと思うし。
あ、そうそう。俺や俺のような人が「人格否定されまくっちゃってるのはどうするんだって話」については、どうこう言うつもりがないんです。
おっしゃるとおり、「人格を崩して再構築するということにたいして、ハードルが低い」し、ハードルが低いどころか、それこそが生きてる喜びじゃないか、とすら思います。「知る」というのはそういうことですもん。
否定されて困っているのは、実在ですね。
上に書いた「いろいろな考え方があるんだから」と同じくらいの頻度で言われることに、「いろいろな人がいるんだから」というのがあります。
でも不思議なことに、そう言われる直前に俺が言っているのは大抵、「いろいろな人がいるんだから、もっとこうしたほうがいいんじゃないか」みたいなことでね。これまた、バカ野郎それは俺が言ってることだ、という話。
で、あるときはっと気づいたんですよ。誰かが俺に向かって「いろいろな人がいるんだから」と言うとき、その人が思う「いろいろな人」の中に少なくとも俺は入ってないな、と。
そうか。俺は「存在しない」のか。それはいいけど。しかしこいつは「存在しないものは実在もしない」と言っている。なるほどね。
実在を認めないというのは、認識において抹殺するというのと同義です。そんなことをいつでもどこでも誰からもされることになってしまう人が、「俺もいつか殺人をおこしてしまうんじゃないかって不安や」などと悩まなかったらかえって変なんですよ。その人はもう、生存本能がぶっ壊れてるということになります。
要するに、人を殺し返す代わりに人格否定に留めようって言ってんだから、ありがたいと思ってほしいくらいだねって話なんですがw
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