今日、初めて共感できる内容の言葉を画伯の担任の先生からいただいた。
今まで、さんざん「話し言葉にこだわらないので、画伯が伝わったと感じるやりとりの経験を、沢山させてやってください。」とお願いしてきたのだが、カードやエコラリアの強要が目立ち、伝わらないもどかしさを感じていた。
先月、「年度末は個別の指導計画の評価が必要で、画伯くんの場合は、『要求を自発的に伝える』というのが目標でしたから、画伯くんからの発信や手段についての振り返りが必要です。そして、手段はできれば言語でと思っています。」という報告があり、「はぁ〜、とうとう最後まで伝わらなかったな。」とため息が出たのだが、今日、連絡帳にこう書いてあった。
「今日、休憩時間に画伯くんが外に出る準備をしたので、運動場の写真を見せて、「運動場にいく?」と聞いたら、画伯くんが私の手をひいて、体育館に連れて行ったのです。言葉ではなかったのですが、彼の『運動場でなく体育館に行きたいんだ!』という思いが伝わりました。お母さんがおっしゃっていたように、こんなやりとりが本来のコミュニケーションだと実感しました。教員も昨今の時代の流れにより、余裕がなくなっています。このような心の余裕が大切なのだと改めて思いました。」と・・。
よかった。でも、もう2年生も終わり。来年、また、最初からやり直しである。
そして、ふと思った。
私は、画伯については話し言葉にこだわらず、観察するようにしているけれど、はかせの場合はどうだろう・・?って。
私よりも正しく言葉を使うはかせの言葉をニュアンスで理解し、そして、ニュアンスを適当な言葉にして話しているのではないだろうか・・・。
伝わったと感じるやりとりを経験させてあげているだろうか・・・。
ずっとその問いかけが頭から離れないのである。
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